7人のシスターから始まった日本の活動


現在、日本の活動は、海を渡って来た7人のシスターによって始まりました。

 1921年、大阪の司教より要請されたフランスの本部は、7人のシスターをフランスから日本に派遣しました。大阪玉造に到着後、当時の日本に必要な子女教育のため、様々な困難の中で活動を開始。

 

1923年、大阪香理に、1949年京都に聖母女学院を開校しました。

その間に日本人のシスターも増えていきました。そして、日本の本部修道院を京都の伏見に置きました。こうして7人のシスターは、教育を通じて日本の人々に神の愛を伝え、子供たちの未来に生涯を賭けました。

修道会は、創立者の精神をよりよく生きることを目指し、世間の真っただ中で生きる貧しい人々、不幸な人々のために働くために、修道服ではなく私服で生きる方向を選択しました。 社会の中で働きながら、野宿者、孤独な高齢者、障害を持っている人、移民の人、病気で苦しんでいる人など日本社会の底辺に置かれている人々と共に生きることは、シスターたちの喜びでした。

 

現在も、日本支部は京都伏見区に日本の本部修道院があり地域の中で、様々な問題を持つ方々の訪問や障害者や高齢者の施設のボランティア活動、地域に修道院を開放し共に生きています。

 

京都南区にある九条共同体は、長い歴史の中で貧困と差別に苦しんでこられた、今は高齢になった在日韓国の方々や、貧しい独居の病人・高齢者の訪問、施設ボランティア、また地域で活動する支援団体と行動を共にしています。

 

京都府長岡市にある共同体は、大阪の釜ヶ崎という最も社会の片隅に生きる人々に寄り添う支援団体で活動、他のシスター達はいのちのネットワークや様々な障害者支援に携わっています。

 

東京目黒共同体は、知的障害者や高齢者の日帰りリハビリ施設、大学病院の入院患者訪問、元受刑者受け入れ支援施設協力員、アフリカのルワンダ・ブルンジの義足支援活動などを通じて、社会の中で人々と共に生きています。また、教会の奉仕活動等

会創立者帰天300年記念の祝い集会も開きました。

 

      ★下記の「使徒的修道会の生活」の項目もご参考にお読みください。↓


   【目黒で主催した、創立者帰天300年の祝い集会】

【ドゥラヴェンヌの生涯も紹介】



【ミサも行われました】

【ミサの様子】